地方都市の都市交通を考える

レポート7  伊予鉄道 松山市内線

愛媛県松山市

四国の商業経済の中心として発展する愛媛県松山市は全国区の観光地である道後温泉を有し、観光地としても発展しています。

松山市は人口50万強という人口規模としては異例なほどの公共交通の利便性を有しており、道後温泉はもちろん、市内の主だった拠点の多くに公共交通だけでたどり着くことが出来ます。さらに、市内の中心市街地は活気にあふれ多くの人々が歩いています。

松山の路面電車といえば「坊ちゃん列車」が有名で、その視点からの注目がされがちで、どうしても忘れられがちですが、路面電車そのものは全国でもトップレベルとも言える高い完成度を誇り、「理想的な都市交通」に近いものとなっています。

ここでは松山の都市交通の完成度の高さをみていきましょう。

 

1 便利で使える路面電車

路面電車については概念的に「便利で使いやすい」というイメージこそありますが、現実には評価がされているものでも、都市内移動に使いにくかったり、そもそものサービス水準が低いなど「不便で使いにくい」路面電車も珍しくはありません。

しかし、松山の路面電車は「便利で使いやすい」というトラムの基礎ともいえる水準を保っています。本数も待たずに乗れるというほど多く、わずかな距離でも乗車したくなるレベルのサービスを提供しており、利用者に対し、路面電車に「あえて乗る」のではなく、「便利だから乗る」「楽だから乗る」というものとなっています。

つまり、路面電車やトラム、LRTに求められる「都市内の水平エレベーター」機能を持っているといえます。

高頻度で電車が走る

また、松山市内を代表する商店街である大街道・銀天街や県庁や市役所などのオフィス街を上手くカバーし、また松山赤十字病院と電停の直結、沿線に広がる高密度住宅地など「使いやすい位置に乗り場がある」「需要あるルートをカバーする」という公共交通の基礎を実践しています。

赤十字病院と直結している電停(赤十字病院駅) オフィス街もカバーする(市役所前駅〜県庁前駅間)
沿線には高密度宅地が広がる(左:鉄砲町 右:道後公園付近)
中心市街地である大街道前を走る電車(大街道駅)

路線網も使いやすい交通機関を支えています。

松山市内線の路線は市内中心部を環状する路線とそこから枝のように道後温泉と松山市駅、市内西部の本町6丁目に分かれる路線があり、それぞれを直通する系統が設けられています。中でも環状線系統は特徴的なもので、中心部のフリンジともいえるエリアを上手く結ぶなど需要とのバランスが上手く取れている路線網であるといえます。

 

2 観光資源としての路面電車

「路面電車が観光資源になる」

よく全国の路面電車導入論などで言われることです。しかし、現実には路面電車そのものが観光資源にはそうそうなるとはいえません。たとえ路面電車が走っていてもよほどの特徴が無くてはなりませんし、その特徴も「一般の観光客から見て」特徴的でなければ観光資源にはなりえません。レトロ電車なども「路面電車」という存在をわかっていてのものであり、路面電車が日常にない大多数の方には理解されにくいものです。各地の路面電車などを使っての町歩きなども「路面電車そのもの」ではなく、沿線の魅力があってのものであって、路面電車の存在だけが観光資源となるわけではありません。たしかに鉄道マニアが大勢集まればそれは一つの観光資源ともいえますが、その広がりには限界があります。

しかし、松山の路面電車はそんな話を簡単にクリアしました。それが「坊ちゃん列車」です。

松山市役所前 松山市駅

夏目漱石の小説「坊ちゃん」に登場する『乗り込んで見るとマッチ箱の様な汽車』と形容された列車こそ今の伊予鉄道市内線の元となった路線であり、この路線を実際に走っていたのが通称「坊ちゃん列車」でした。

その「坊ちゃん列車」を21世紀のこの世の中に復活させる。誰もが「?」となるものですが、松山城築城400年を記念して伊予鉄道が復活させたのです。

復活した「坊ちゃん列車」は当時のものではなくレプリカですが、十分に当時の雰囲気をかもし出し、まさに誰でも知っているともいえる漱石の小説の世界が現実に現れるものであり、また街中の路面を昔ながらの蒸気機関車(実際にはディーゼル)がマッチ箱のような客車を引いて平然と走るその姿は観光客ならば思わず振り向いてしまう。そのインパクトは日本国内では他には無いものでしょう。いわば「アトラクション」といえるものです。

坊ちゃん列車には記念写真を撮ろうと人だかりができる。(道後温泉駅)

大街道を走る坊ちゃん列車 路面を走る姿は注目を浴びる

JR松山駅や松山空港からのアクセス点となる松山市駅を起点に松山を代表する観光地である道後温泉を結び、単に温泉へのアクセスだけではなく温泉地に宿泊する観光客の市内への観光流動にも使えることから「足」としての利用も出来ます。

使える上にインパクトもあって観光客が楽しめる路面電車。その理想系の一つを完成させていると言えます。

 

3 路面電車だけではない公共交通の利便性

松山の路面電車は非常に便利で使いやすいものです。しかし、その路面電車に負けないほど他の交通機関も都市公共交通としての利便性を有しています。

沿線の宅地化が進み利用が多い鉄道線(左:横河原線牛渕団地 右:横河原線久米)
バスの拠点ともなる松山市駅

バス路線は整然と系統整理がなされ、使いやすくわかりやすくなっています。バス路線は地方都市にありがちな中遠距離主体ではなく、比較的近距離の都市的路線と中距離路線がバランスよく配され、利便性は比較的高くなっています。

また郊外と結ぶ電車は沿線に広がる宅地もあって多くの利用がされています。しかし、これは無理に鉄道に誘導したというよりも鉄道沿いが便利であるということがそれなりに認識されているからと考えられます。これらの鉄道線は松山規模の都市としては異例の利便性と利用を誇っており、その規模には驚かされます。

その中でも拠点となる松山市駅は一見で地方私鉄の駅とは思えないものです。バリアフリーなどへの対策も進んでおりエレベーターの設置なども終了するなどその手の「入れ方」は特筆できるものであると言えます。

伊予鉄松山市駅の様子

こういった鉄道線やバスの発展があるからこそ都市内アクセスである路面電車も活かされていると考えられます。

 

4 活気あふれる商店街と楽しい町の存在

松山市街地には大街道、銀天街という二つの商店街があります。

この商店街こそ松山の活気を創出しており歩いていて楽しい街並みを形成しています。大街道駅から延びる大街道には三越、ラフォーレ原宿という2つの大規模店舗があり、そこから魅力的で楽しい商店が並びます。そして大街道の末端から松山市駅方向に伸びる銀天街を経て松山市駅にはいよてつ高島屋がありこちらにも多くの商店が並びます。

銀天街の様子
大街道の様子
ラフォーレ原宿 いよてつ高島屋

商店街には様々な世代に対応する商店が並び、また、個性的な雑貨店なども多く見られます。被服店や食料品店などでも地方都市ではなかなか見られないようなものが扱われており、店舗形態にも特徴的なものが見られるなど「町歩き」を誘発する仕掛けが数多く見られます。

さらに、これらの商店街から入る「脇道」にも個性的な飲食店街が並ぶなど回遊性は高いものと考えられます。

個性的な店舗が並ぶ(左・中:大街道、右:銀天街から横道に)

これらの商店街や大規模店舗には大街道側に電停が銀天街側に松山市駅があることから公共交通での利用が非常に便利となっており、商店街の魅力の高さが公共交通利用にプラスになっていると言えます。

 

5 使ってもらえる路面電車とは何か

松山の路面電車の特徴は「市民や観光客に広く使ってもらっている」ということになります。

超低床式車両の導入や電停の改良なども積極的に進められており、それらも当然ながら利用促進に寄与しています。しかし、それだけではなく、そもそもとして需要のある導線を走り着実に集客を行っています。

また車両施設だけではなく、軌道などにもしっかり整備が行き届いており、快適な利用が保たれています。

このようにバランスある投資を行うことで市民に対し「路面電車は旧い」という概念を与えず、ポジティブなイメージを促すことにも成功していると言えましょう。このようなことが、結果として自動車交通との良好な関係を生み、また行政機関などの積極的な関与につながっていると言えます。

改良された電停 全国初の単車での超低床車
整備されている軌道 道路交通との関係も良好

他の都市の路面電車と異なり、鉄道から軌道への直通の動きやいわゆる「LRT化」などの目立った工夫はありません。「坊ちゃん列車」はある意味「飛び道具」的なものであり通常の電車は至ってノーマルなものです。

しかし、これだけの利用を促し、市民に定着している。この着実な運営と軌道線の積極策は他の都市にはない堅実なものといえ、ある意味で「理想的なトラム」を実現しているからこそのものといえます。

都市交通に本当に必要なこととは何かをしっかり教えてくれるそんな好例であると言えます。

 


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最終更新 2005.6.1