2003年8月、「戦後初の軌道系交通機関」として開業した「ゆいレール」。
その1年目は「上げて下げて」、いってみれば激変の1年であった。
4年目の検証の前に1年目に何があったのかを簡単に見ていきたい。
ゆいレール開業前、沖縄本島における公共交通機関はバスに限られていた。
沖縄本島の中南部、那覇市を中心とする「沖縄本島中南部都市圏」の人口は約111万人(2005年国勢調査)。都市圏の規模としては政令市である浜松市や広島市を上回る規模を有し、人口密度は横浜市や名古屋市よりも高い。
よって公共交通のニーズは高く、代表交通手段分担率でも1989年調査でバスが8.2%。同時期の他都市と比較すると高い分担率を有しているといえる。
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| ゆいレール開業前のパレットくもじ前(県庁前) | 開業前の那覇市国際通り |
その路線バスは戦後、米国民政府直営のバスサービスから始まり、民間移譲、14社にものぼる小規模バス会社の乱立があって、さらに統合・合併を繰り返し、4社(沖縄バス・琉球バス・那覇交通・東陽バス)に統合され、各社が運営している。
各社は「地盤」とも言うべきエリアを有してはいるが、主な路線は那覇市内を発着とする路線となっており、事実上の「競合関係」にあるといえる。いくら100万人規模の都市圏といえども、4社では明らかに過当競争であり、事実、このうち数社は1990年代より経営面の問題が噴出しており、琉球バスが1991年に事実上倒産(→会社整理→2005年民事再生法適用→破綻)、東陽バスが2002年に民事再生法適用となっている。
これらの4社に関しては1990年代から合併話が「出ては消え」を繰り返していた。
特にゆいレール開業を控えた2003年にはゆいレール開業に伴う路線再編とあわせ、巨額の債務を有し経営が苦しい3社の救済という意味もあって沖縄県が主導する形で4社の統合が模索され、同時にゆいレールとの乗り継ぎ割り引きなども検討されるなど抜本的な改革が打ち出されていたのである。
しかし、統合は4社の合意が得られず破綻するとともに、2003年6月には那覇交通が民事再生法の適用を申請。ゆいレールに並行する路線の再編を含むバス再編計画は大幅に変更となり、特にゆいレールと並行する系統は高需要路線であることもあって「日銭を稼ぐ」と言う意味から一部を除き存続されることとなるなど、開業直前に「波乱」ともいえる事象が頻発。地元紙では連日のように開業前のこの波乱が伝えられていた。
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| ゆいレール開業時に廃止された市内線(旧)12系統 2002.5 那覇市小禄 |
廃止が予定されたが存続した市内線9系統 2003.11 那覇市国際通り |
いろいろ波乱はあったものの、「ゆいレール」は早期の試運転完了もあり、開業が前倒しとなって盆休みである2003年8月10日に那覇空港〜首里間で開業する。この開業は「沖縄県初(正しくは沖縄県において戦後初)の軌道系システムが開業」として全国ニュースでも大きく取り上げられるなど話題となった。開業日、早速のトラブルなどに見舞われるが8月1ヶ月間の利用者数は日平均46600人を記録。需要予測は31350人/日であることから、およそ1.5倍の成績を収めたことになる。
以後、連日の混雑は収まらず、この混雑は数ヶ月に渡り続いた。その多くは所謂「ご祝儀乗車」「お試し乗車」ではあるが、その一方で通勤・通学や観光旅行者の利用がじわじわ増えだす。
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| 開業3ヶ月後(2003年11月3日首里城祭開催日)のゆいレール(左 牧志駅 右 旭橋駅) | |
開業1年目の利用者アンケートによると、利用者の目的を見ると、観光が沖縄の主力産業であることもあって平日12.0%、休日17.4%と高いものの、通勤や通学などの「定常交通」が50%を超えており、単純な「観光客向けの交通機関」ではないことがわかる。
つまり、「ご祝儀乗車」「お試し乗車」は最初だけであり、一般の都市交通として十分に利活用されているものであるといえる。
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ゆいレールの利用目的 |
この「ゆいレール」の開業では、これまでの軌道系整備では見られなかった効果がさまざまに現れた。
まず、自動車交通量の減少と軌道への転換である。
一般的に、たとえ欧米であっても交通規制やTDM施策等の導入がないままに単純に軌道系を導入したところでその効果はきわめて限定的とされている。ところが「ゆいレール」の利用者調査では、平日で見ると利用者の実に11%が「自動車(運転)からの転換」であり、送迎やレンタカーを含めれば15.9%が自動車からの転換という結果となった。これにより、開通による渋滞緩和効果も現れるものとなった。
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ゆいレール開通前の利用交通手段 |
ゆいレールの混雑は2003年末には一段落し、年が明けて2004年1月からは「伸び悩み」をみせる。1月には利用者数が平均27530人となるが、これは予測の8〜9割であり、決して悪い成績とはいえない。しかし、月平均の利用者数を1人単位で誤差の指摘がされるなど注目が高いが故の過剰報道がなされた。これにより「失敗」というレッテルを貼る記事や文章が目立ち始める。
現実的には予測数値の「トリック」さえ理解していれば、この数字はむしろ「良好」であることは理解に難くない。しかも、収入は予測を上回っているわけであるから利用者増加策は必要とはいえど、決して「失速」しているわけでも「失敗」でもないと考えて良いだろう。
事実、年度が替わった春以降は利用者の増加が再び始まり、いわば「再加速」ともいえる状況となった。
2004年、開業1年目の「ゆいレール」は「予測にほぼ匹敵する利用者数」を確保し、決して世間の評価が高いとはいえない中で「那覇市の基幹交通」としての地位を確立したといえる1年であったといえよう。
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ゆいレールの利用者実績(月平均) |